国のかたちを問う

2022年11月

「国のかたちを問う」の開設について

公益財団法人 都市化研究公室理事長 光多長温


 明治維新150年、第二次大戦敗戦75年の今日、わが国経済社会は厚い雲に覆われた感がする。これは、必ずしも理不尽なウクライナ戦争や出口が中々見えない新型コロナウィルス感染症の所為だけではない。相も変わらない首都圏への集中傾向と地方の疲弊、急激な円安(国力の低下)に対する政府・日銀の無策、先進国の中でも低い経済成長率、半導体製造を外国資本に委ねざるを得ないような産業政策の空洞化、先進国の中でも突出した膨大な公的債務、年金・介護保険等の福祉予算への懸念、更には相も変わらない少子高齢化等々の中で日本をどう持っていくのか、「国のかたち」をいかに創っていくのかの議論がほとんど行われていない。

  90年代以降、新自由主義経済が主流派経済学となり、市場重視の謳い文句の中で経済政策、国土政策は空洞化した。マネタリストの金融政策の効果は限定的であることは明らかとなっている中で、金融政策は出口戦略が見えない。国鉄等の三公社の民営化、地方分権改革以降、国のかたちを大きく変えるような改革事象はお目にかからない。この「国のかたち」がはっきりしない中でのもやもや感が国民を覆っている。「国のかたち」という言葉さえ死語になり兼ねなくなっている感もする。

 この「国のかたち」の中でも国土の形、政治・行政機構の形の再構築は何よりも喫緊の課題である。明治10年代は「国のかたち」が議論された10年と言われる。西南戦争で戦闘的な明治維新は終わりを告げ、明治10年代に様々な議論、作業が行われ、明治20年以降、憲法策定、国会開設、国と地方の行政機構がその姿を現した。この中で、行政機構、官僚養成・登用・教育制度が形づくられ、その中で対中国、ロシアとの戦争を視野に入れつつ、国家総動員的な発想で国が地方の資源・人員を動員する体制が作られた。それが明治22年23年の市町村制度・府県制度の創設である。国が市町村の隅々まで差配するスキームの構築である。この中で府県は国の意志を市町村の隅々に行きわたらせる機能を果たした。

 戦後の高度経済成長期にかけてこの国―都道府県―市町村のピラミッド体制は経済社会の発展に寄与したと言える。この背景には、明治維新以降、先進モデルを追いかけるには高い能力を発揮する官僚機構、池田、田中、福田等の稀代の政治家のリーダーシップも機能した。官僚機構による金融、基幹産業の護送船団方式も側面から効果を挙げた。

 この「国のかたち」は1990年代以降、大きく変容を迫られる。第一に、先進国へのキャッチアップが達成された後での追い付け追い懸けモデルの喪失、第二に、冷戦構造の終結に伴う経済要因の高度化・複雑化、これ等に対して、それまで国を牽引してきた官僚制度、政治体制、更には国―地方の明治以来のピラミッド体制は対応できなかった。いわゆる「失われた10年・20年」である。明治10年代のような「国のかたち」を議論し、構築する「仕込みの10年」が必要であったが、安易な財政支出に依存し、公的債務が膨張し、そのツケは現在にまで及んでいる。何よりも将来への希望が失われたことが大きい。

 この間、国のかたちに関連する二つの事象がある。一つは、橋本政権による中央省庁体制の再編、もう一つは99年にかけての地方分権への動きである。この間の経緯は省略するが、中央省庁再編については、結局看板の掛け替え付け替えに終わってしまった。特に、総務省改革は却って新たな課題をその後に残した。また、地方分権改革は、機関委任事務制度の廃止や国の関与に係る基本ルールの確立、それに続く市町村合併等が行われたが、2000年代以降、国から地方への幹部職員派遣、財政的・行政的縛りの再強化により「新たな中央集権国家の創出」とも言われる状況となっている。

 小泉政権において三位一体改革で地方財政の再建を行ったが、結果的には、以降、地方財政は厳しい状況となり、地方は国からの地方交付税、補助金に目を向けざるを得ない環境に置かれている。本来、地方交付税は地域間の税の調整を行うためのものであり、普通交付税部分と特別交付金部分に分けられるが、特別交付金、それも裁量的な交付金が増加し国の地方支配の重要なツールとなっている。県もこれら国からの資金を管理することにより市町村を統制する機能を果たしている。国の縦割り行政を県レベルで地域の即した形で再調整して実施したり(例:農道と道路法道路との一体化)、国が県の行政改革を主導することをはねつけたりした鳥取県の片山知事のような気骨がある知事はほとんど見られなくなり、国が地方をコントロールする組織となっているのが実態である。明治時代への回帰である。この体制がわが国にとって望ましい形であればそれは望ましい「国のかたち」となるが、冒頭述べたように国を覆う無力感に拡がっているのが現状であり、更に新たな課題に対応できないとすれば何らかの形でこれの再構築を考える必要がある。

 そこで、地方行政制度に詳しい佐々木信夫中央大学名誉教授にお願いして、シリーズ「国のかたちを問う」の原稿を書いていただき、単にこれをそのまま掲載のではなく、(光多長温、大川信行、高橋功、薄井充裕の各氏よりなる)討議チームを組成し、意見・感想を述べていただき、更にこれに対する佐々木先生からの反論を戴くといった(研究会形式)スキームで、この「日本の形を問う」を議論してみたい。

 佐々木先生には、「日本の形を問う」シリーズとして、第1弾「府県制を問う」、第2弾「日本州構想」、第3弾「新たな国のかたち〜10州の国土構想」のスキームでお願いしている。

(以上)


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